2020年6月13日 (土)

休業手当が4割程度になる,は仕方がないのか

新型コロナウィルス感染症をめぐる情勢で,にわかに注目を集めたのが労働基準法26条(休業手当)です。

労働基準法26条(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

「自粛」要請の対象となり店を閉めた場合(一定規模のパチンコ店など),売上が激減してお店を休みにした場合(飲食店など)などについて,休業手当の支払義務があるかどうかについては,労働側では嶋﨑量弁護士(4/94/26),使用者側では倉重公太朗弁護士(4/34/84/11)が詳しいので,ご参照ください。

本稿で取り上げるのは,休業手当の支払義務の有無ではなく,支払額の計算方法です。
条文を読むと,休業手当として,普段の賃金の6割が受け取れるように思われますが,実際は普段の賃金の4割程度しかもらえない,という批判がされています。
その理由は,現在の行政解釈が,所定休日について休業手当の支払は不要である,としている点にあります(昭24.3.22基収4077号)。
これを前提にすると,(休業手当)=(平均賃金の100分の60)×(休業期間中の所定労働日数)で計算することになります。

ここで,平均賃金とは,次の通り,直近3か月の賃金額÷直近3か月の日数(90日前後)で計算します。

労働基準法12条(平均賃金)1項本文
この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。

たとえば,月末締めの労働者が,

  • 3月分賃金 29万円
  • 4月分賃金 31万円
  • 5月分賃金 30万円(3か月平均30万円)

の賃金を得た場合,3~5月の3か月間で92日ありますから,

平均賃金=(29万+31万+30万)÷92日=9,783円

となり,「平均賃金の100分の60」は,9,783円÷100×60=5,870円となります。

たとえば,6月がまるっと休業になったとしましょう。素直に考えれば,3か月の賃金月額の平均(30万円)の6割で,18万円くらいはもらえると思うでしょう。6月は30日ありますので,5,870円×30日=176,100円なら,(4割カットなので不服はあるにせよ)そういうものだと納得するでしょう。

しかし,行政解釈によれば所定休日の支払は不要です。
完全週休二日制で土日が休みの場合,2020年6月は土日が8日ありますから,30日のうち8日分は休業手当はもらえず,残り22日分について,5870円×22日=129,140円だけになってしまいます。3か月の賃金月額の平均(30万円)の43%に過ぎません。
2020年5月なんて,祝日休みの会社なら(所定労働日数18日)わずか36%です。
極端な例では,週に2日,各20時間働く変形労働時間制(月給制)の場合,20%を下回る可能性もあります。

本当にこれでいいのでしょうか。そもそもこの行政解釈(昭24.3.22基収4077号)は,所定休日について休業手当を不要とする理由について,

法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によって全額請求し得る賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。

とするのみで,所定休日に支給しないために結果的に休業が長期に及ぶと従前の収入(所得)の6割をかなり下回ってもよい理由を何ら説明できていません。
行政解釈が間違っていることもあるというのは,旅行業法の件で触れたとおりです。
裁判所ではどのように判断されているのか見ていきます。


~休業手当が認められた裁判例~

提訴するときは賃金の全額を請求することが多く,認められれば休業手当は問題にならないため,休業手当の支払を命じた裁判例はあまり多くありませんが,裁判所が休業手当を認めた例を見ていきます。

  1. 東京高判昭和57年7月19日民集41巻5号1330頁(ノースウェスト航空事件・控訴審判決)
    所属する労働組合の部分ストライキに参加しなかった組合員が,S49.11.14~12.15まで休業させられ,その期間の賃金が全額支払われなかったため,主位的に民法536条2項により未払賃金の全額を請求し,予備的に未払賃金のちょうど60%にあたる休業手当を請求した事案です。
    判決は,所定就労日数を認定することなく,未払賃金のちょうど60%の支払いを命じました。
    判例集では金額が載っている「別紙請求債権目録」が省略されている場合が多いようですが,判時1051号157頁にはこの目録が載っており,計算するとちょうど未払賃金の6割となっています。
    なお,上告審(最判昭和62年7月17日民集41巻5号1283頁)で休業手当の請求も棄却されています。
  2. 前橋地判昭和38年11月14日労民集14巻6号1419頁(明星電気附加金請求事件)
    第二組合の組合員が,第一組合のストライキ中(時限ストの日と全就業時間にわたる全面ストの日がある。)により就労できなかった日・時間の賃金が全額支払われなかったため,主位的に民法536条2項等により未払賃金の全額を請求し,予備的に未払賃金のちょうど60%にあたる休業手当の付加金を支払うよう求めた事案です。
    判決は,休業した日数・時間について争いがないとしながら,行政解釈の方法によることなく,未払賃金のちょうど60%の支払いを命じました。
    なお,なぜ休業手当そのものは請求せず,付加金だけ請求したのは謎です。
  3. 函館地判昭和63年2月29日労判518号70頁(相互交通事件)
    人身事故を起こして業務上過失致死罪に問われたタクシー運転手が,事故の3日後から罰金刑を受けて解雇されるまでの間,「特別休職処分」として無給の自宅待機とされたため,「特別休職処分」が無効であるとして未払賃金の全額を請求した事案(仮処分)です。
    判決は,「特別休職処分」を有効とし,未払賃金の全額の支払義務は否定しましたが,次のように判示して,休業手当の支払義務があるとし,請求のあった9か月と7日分について,年間所得額を12で割って月平均額を計算し,その6割相当額×(9か月+7日/31日)を休業手当として支払うよう命じました。
    労働基準法26条の解釈適用としては、本件特別休職処分による休業について、これを「使用者の責に帰すべき事由」に当たるものとして、同条所定の平均賃金の六割の限度で、使用者たる債務者にその負担を求めるのが相当である。(中略)債権者の昭和五七年の年間所得額は金238万9500円であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、その月平均額金19万9125円が同法12条所定の平均賃金を上回ることはないと一応認められるので、右月平均額を基準としてその6割相当額の金11万9475円により計算すると、昭和58年11月1日から昭和59年8月7日までの間の右請求権の合計額は、金110万2253円(昭和59年8月1日から7日までは日割計算による。)となる。
  4. 大阪地判平成18年1月6日労判913号49頁(三都企画建設事件)
    派遣労働者が,派遣先からの交代要請に派遣元が応じて解雇されたため,解雇は無効であるとして,主位的には契約期間満了までの賃金全額を請求し,予備的に契約期間満了までの賃金の60%を請求した事案です。
    判決は,解雇無効としつつ,派遣元が派遣先から派遣労働者に問題があるとして交代要請があったときにこれを争うのは困難であるとして,交代後の未払賃金全額の支払義務を否定し,休業手当の支払義務のみを認めました。
    そして,休業手当の金額については,次の通り判示しています。休業手当の対象期間が,H15.5.7~7.31であったため,5月については,「520,000×25日÷31日×0.6」,6・7月分は「520,000×2月×0.6」で計算しており,行政解釈とは異なります。
    なお,「所定労働日も明確に定められておらず,休業期間も正確な日数を算定することは困難である」と述べる部分は,行政解釈による計算ができないため簡便な方法をとったとの趣旨と解する余地もありますが,行政解釈が正当とするのであれば,少なくとも判決の算定額にさらに6/7を乗ずるべきであり(週あたり1日は休日を確保する必要があるため:労基法35条),行政解釈を支持する判示であるとはいえないと考えます。
    原告は,B設計に平成15年4月5日から同年7月末日まで派遣される予定であったこと,1か月当たりの賃金は52万円であったことが認められ,上記期間の休業手当は,87万5613円となる(前記(1)ア,イで述べたとおり,原告と被告との間では,給与の締め日は明確に定められておらず,また,所定労働日も明確に定められておらず,休業期間も正確な日数を算定することは困難である。このため,月額52万円,毎月末日を締め日とし,日割計算により休業手当を計算することとする。)。
     〔計算式〕520,000×(25÷31+2)×0.6=875,613

以上のとおり,裁判所が休業手当の支払を命じた例では,いずれも端的に未払賃金額の6割の支払を命じるか(1・2),又は平均賃金(労基法12条)の1か月分と概ね異ならないとみられる月平均賃金額・所定の月例賃金額の6割の支払を命じています(3・4)。
このように,裁判所は,端的に休業手当の額である「平均賃金の100分の60」は,「休業期間中を通じて,休業がなかったとしたら,労働者がその使用者から得られたであろう賃金額の6割」とする趣旨であって,「休業期間中の所定労働日についてのみ,平均賃金の100分の60を保障する」(実際に労働者の得る額は,休日の分だけ減る)という行政解釈の立場に立っていないことは明確でしょう。


~いわゆるバックペイからの中間収入控除との関係~

ところで,労基法26条は,解雇された労働者が,解雇無効を争っている間に他で就労収入を得た場合,バックペイからどこまで控除してよいかという局面でも用いられています(いわゆる中間収入の控除)。裁判所は,中間収入は解雇により支払われなかった賃金の4割の限度で控除できるが,残り6割については控除できないとしています。

この点を最初に判示した最判昭和37年7月20日民集16巻8号1656頁(米軍山田部隊事件最判)は,次の通り判示しています。

 労働者は、労働日の全労働時間を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきものとするのを相当とする。
 ところで、労働基準法26条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合使用者に対し平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法114条、120条1号参照)のは、労働者の労務給付が使用者の責に帰すべき事由によつて不能となつた場合に使用者の負担において労働者の最低生活を右の限度で保障せんとする趣旨に出たものであるから、右基準法26条の規定は、労働者が民法536条2項にいう「使用者ノ責ニ帰スヘキ事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。そして、前叙のごとく、労働者が使用者に対し解雇期間中の全額賃金請求権を有すると同時に解雇期間内に得た利益を償還すべき義務を負つている場合に、使用者が労働者に平均賃金の6割以上の賃金を支払わなければならないということは、右の決済手続を簡便ならしめるため償還利益の額を予め賃金額から控除しうることを前提として、その控除の限度を、特約なき限り平均賃金の4割まではなしうるが、それ以上は許さないとしたもの、と解するのを相当とする。
 原判決は、結局、右と同趣旨に出たものであつて、その確定した事実関係の下で、被上告人の請求により、上告人の賃金額から同人が解雇期間内に他の職について得た利益の額を平均賃金の4割の限度において控除し、その残額賃金の支払を命じたことは、正当であつて、所論の違法はない。論旨は、叙上と相容れない独自の見解に立脚して原判決を非難するに帰し、採用し得ない。

同判決は,労基法26条は,解雇無効の場合にも「適用がある」とした上で,民法536条2項但書と労基法26条の解釈として,(1)使用者は労働者に平均賃金の6割以上を支払う義務がある(労基法26条)=(2)平均賃金の4割までは中間収入を控除してよい(民法536条2項但書)と判断しています。これは,

中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割(控除不可)+(2)平均賃金の4割(控除可能)
支払を命じるバックペイの額=(1)+((2)-中間収入の額。中間収入の額が(2)を超えるときは0)

という前提がなければ,成り立ちえない議論です。
しかし,労基法26条の行政解釈を前提とすると,

中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割×所定労働日数(控除不可)+(2)その余の部分(控除可能)

となりますから,控除可能額は,「平均賃金の4割」を超える額になるはずです。

同最判の原判決(福岡高判昭和35年11月18日民集16巻8号1676頁)は,

 当事者間に争のない被控訴人が本件出勤停止を受ける前の平均賃金月額その他弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件出勤停止を受けた日から昭和35年4月末日までの間に、受くべかりし給与総額は合計1,393,470円となり、これより出勤停止期間中に休業手当として支給された合計201,869円竝に全期間の各種社会保険料及び所得税を控除した残額1,064,256円が、昭和35年4月末日現在までの計算として、被控訴人から控訴人に対し請求し得べき手取給与額となることを認めることができる。しかし前認定のとおり、昭和32年11月から昭和34年9月までの間に、被控訴人が得た別途収入合計306,000円の一部を右金額から控除すべきであるところ、該控除額は、右期間中の被控訴人の手取平均月額20,877円(当事者間に争がない)の4割に相当する金8,350円の23ケ月分、合計192,050円となる。よつて前記手取給与額から右金額を控除すれば、金872,206円となるが、なお本件口頭弁論終結時である昭和35年6月29日現在(本件賃金は毎月分を翌月10日払の定めであつたことは被控訴人の自陳するところである)においては、右に同年5月分の賃金手取額23,012円を加えた金895,218円が、被控訴人の請求し得べき総金額となる。

と判示しており,整理すると次のようになります。

  1. 本件出勤停止を受けた日(S30.11.8)~S35.4.30の間の給与額:1,393,470円
  2. 同期間の休業手当・社会保険料・所得税:329,214円
  3. 「2」を控除した手取給与額:1,064,256円(=「1」-「2」)
  4. S32.11~S34.9までの間に得た収入:306,000円
  5. S32.11~S34.9までの手取平均月額:20,877円
  6. 「5」の4割:8,350円(=「5」×40%)
  7. 中間収入控除の上限額(S32.11~S34.9までの手取平均月額の4割):192,050円(=「6」×23か月)
  8. 「3」から控除できる中間収入額(「4」と「7」の寡額):192,050円(=「7」<「4」)
  9. 「1」の期間に対応する支払額:872,206円(=「3」-「8」)
  10. S35.5.1~5.31の賃金手取額:23,012円
  11. 実際の支払額:895,218円(「9」+「10」)

労基法26条の行政解釈に従うならば,上の5~7は次のようにしなければなりません。

  1. S32.11~S34.9までの手取平均月額:20,877円
  2. 休業手当の額(「5」の6割×6/7):10,767円(=「5」×60%×6日÷7日)
    ※6/7を掛けるのは,法定休日が週1日必要であり,所定労働日は7日(1週間)あたり6日と考えられるから(当時は週所定の上限は48時間)。
  3. 中間収入控除の上限額(S32.11~S34.9までの手取平均月額-休業手当の額):232,530円(=(「5」-「6」)×23か月)

さらに,最判昭和62年4月2日労判506号20頁(あけぼのタクシー事件)は,次のように判示しています。

使用者の責めに帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり右利益(以下「中間利益」という。)の額を賃金額から控除することができるが、右賃金額のうち労働基準法一二条一項所定の平均賃金の六割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である(最高裁昭和三六年(オ)第一九〇号同三七年七月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一六五六頁参照)。したがつて、使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の六割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、右利益の額が平均賃金額の四割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法一二条四項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解せられる。

このように,同最判は,前記米軍山田部隊事件最判を引用しつつ,やはり,

中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割(控除不可)+(2)平均賃金の4割(控除可能)

という考え方を示しています。

また,最判平成18年3月28日労判933号12頁(いずみ福祉会中間利益控除判決)は,最高裁が自ら中間収入控除の計算を行った事案ですが,米軍山田部隊事件最判,あけぼのタクシー事件最判を引用して上の考え方を述べた上で,次の通り判示しています。

上記に従って本件期間に係る賃金から控除されるべき被上告人の中間利益の金額を算定すると、前記事実関係等によれば、本件期間に係る賃金として上告人が被上告人に支払うべき金額については、次のとおりである。
ア 本件期間1に係る賃金等
(ア) 被上告人に支払われるべきであった就労期間1における本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち、就労期間1における平均賃金の合計額の6割に当たる288万1224円は、そこから控除をすることが禁止され、その全額が被上告人に支払われるべきである。
(イ) 他方、上記の本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち(ア)を超える金額(192万0816円)については、就労期間1に被上告人が他から得ていた合計358万0123円の中間利益を、まずそこから控除することとなるので、支払われるべき金員はない。
(ウ) 就労期間1に被上告人が他から得ていた上記の中間利益のうち(イ)の控除(192万0816円)をしてもなお残っている165万9307円については、これを、被上告人に支払われるべきであった就労期間1における期末手当等の合計額196万8836円から控除すべきである。したがって、上記期末手当等は、合計30万9529円が支払われるべきこととなる。
(エ) 結局、上告人は、被上告人に対し、就労期間1に係る賃金としては、本俸及び特業手当等のうち(ア)の288万1224円と、期末手当等のうち(ウ)の30万9529円との合計額319万0753円を支払うべきこととなる。
(オ) 就労期間1に係る賃金として支払われるべき(エ)の319万0753円と、その余の期間に係る賃金合計124万8530円(本俸及び特業手当等72万0306円と期末手当等52万8224円とを合わせた金額)とを合わせると、443万9283円となる。これが、本件期間1に係る賃金として上告人が支払義務を負う金額である。

このように,同最判も,所定労働日数に触れないまま,本俸及び特業手当等の合計額の60%(480万2040円×60%=288万1224円)は控除が禁止されるものとしており,端的にその期間に得られるであろう収入の60%を「平均賃金額の6割」としています。

以上のとおり,裁判所は,端的に休業手当の額である「平均賃金の100分の60」は,「休業期間中を通じて,休業がなかったとしたら,労働者がその使用者から得られたであろう賃金額の6割」とする趣旨であることを前提にしており,行政解釈の立場とは異なる見解といえます。


~休業補償・傷病手当金との比較~

休業手当と似たような規定をもつものとして,休業補償(労基法76条)があります。

労働基準法76条(休業補償)1項本文
労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
※「前条の規定による療養」は,「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合」の「必要な療養」(労基法75条1項)

労働基準法26条(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

労基法26条は,仕事が休みになってしまったとき,労基法76条は,仕事上のケガや病気で仕事ができなくなったとき(いわゆる労災の業務上災害)の定めです。
いずれも,一定の場合において,使用者に対し,「療養中」及び「休業期間中」に「平均賃金の百分の六十」を支払うよう義務付けたものです。労基法76条の場合,所定労働日数に限らず,所定休日を含め平均賃金の100分の60が支払われることは実務上も争いがありません。

大阪高判平成24年12月13日労判1072号55頁(ライフ事件/アイフル(旧ライフ)事件)は,過重な長時間労働を強いられた結果,業務上の疾病のために休業せざる得なくなったとして,労基法26条に基づく休業手当を請求する点について,

 しかしながら、労基法は、業務上の疾病による休業の場合には、労基法76条により、使用者に休業補償を義務付けており、しかも、その支払額も労基法26条の場合と同様に「平均賃金の100分の60」と規定している。このような労基法の規定の仕方からすると、労基法は、業務上の疾病による休業の場合は、労基法76条が適用され、同法26条の適用を想定していないと解するのが相当である。
 したがって、本件においては、労基法26条の適用の余地はなく、第1審原告には、休業手当請求権は存せず、第1審原告の休業手当の請求は失当である。

と判示しており(最決平成26年3月11日=上告不受理),労基法26条と76条で支払額が同じことを前提に休業補償(労基法76条)が認められる場合の休業手当(労基法26条)を否定しています。
休業手当の場合は,付加金(労基法114条)の支払いを命じることができる一方,休業補償ではその仕組みがないので休業手当を請求したものと思われますが,これらを同列に論じていることは労基法26条の解釈にヒントになります。

すなわち,労基法26条の休業手当と76条の休業補償は,いずれも就労できない労働者の生活保障を目的としたものであるところ,いずれも「平均賃金の100分の60」としていることは,就労を免れている労働者の生活保障のために,少なくとも「平均賃金の100分の60」が必要であろうという前提に立つものと解釈でき,使用者の責に帰すべき事由による休業の場合と業務上災害の場合とで,生活保障に必要な金額が変わるとは考えられないからです。
労災の場合は,治療費が余計にかかりそうですが,治療費を使用者負担です(労基法75条)。
大阪高判昭和38年2月18日労民集14集1号298頁は,賃金支払仮処分において「その必要性の限度については、労働基準法第26条の趣旨をも汲み、前記認定の各手取平均賃金月額の100分の60を限度とするのを相当とする」と判示して,労基法26条が生活保障の趣旨であることを示し,認容額を「手取平均賃金月額」の6割にしています。
なお,大阪高判昭和38年5月21日労民集14巻3号836頁も同様に6割としていますが,賃金仮払仮処分において平均賃金の6割を限度とすること自体には異議がありますし,現にそれを通例とする運用がされているわけではありません。

このようにみると,労基法の制定時に,あえて労基法26条の休業手当と76条の休業補償で補償額を別にしようとしたとは考えにくいでしょう。

また,健康保険法の傷病手当も,労基法制定時は1日あたり「100分の60」でした(平成18年改正で3分の2に引き上げ。ただし,平均賃金のではなく標準報酬月額平均の30分の1を用いる。)。傷病手当金も,所定労働日に限らず所定休日を含めて支給されます。
労基法制定時の審議過程をみると,労基法26条について次のような質疑がなされており,傷病手当金と休業手当の補償水準は同等という認識が前提になっており,労働者の生活保障のために必要な水準として,普段の収入の6割,という認識があったとみることができます。

第92回帝国議会 貴族院 労働基準法案特別委員会 第2号 昭和22年3月22日

○伯爵東久世通忠君
二十六條の休業手當でありますが、最近聞き及びますと、現行の健康保險法の手當の六割の問題がありますが、あれを政府は近く六割以上に引上をしつつあると云ふことも仄かに聞くのでありますが、若しそれが六割が七割或は八割になると、此の二十六條の休業手當百分の六十も、矢張り併行して上げられるやうになりますかなりませぬか、其の點を伺ひます
○政府委員(吉武惠市君/厚生事務官)
健康保險の方はどう云ふ風になつて居るか、私まだ連絡を受けて居らぬのでございますが、差當りは、百分の六十でこちらは行く積りであります、將來は又別途考へて行かうと思ひます


~まとめ~

休業手当支払義務の範囲について,いちいち所定労働日数を算定して平均賃金額を掛けるような処理を主張する会社側代理人もおらず,これまで明確に休業手当の算定方法が争点になった事件はなかったのではないかと考えますが,裁判所の判断としては,平均賃金の6割×所定労働日数ではなく,端的に従前の賃金の6割を保障する(従前の賃金が平均して月額20万円なら,月額12万円を保障する)という方法(休業補償や労基法制定時の傷病手当と同じ)を当然の前提にしているといえます。

そもそも,労基法26条の休業手当について,法文は「休業期間中」としており,「休業日1日につき平均賃金の100分の60以上」といった書き方はしていません。「休業期間」は,「休業期間」に所定休日が含まれるときは,それも含むと解するのが自然です。
数日だけ休業した場合などであればともかく,週間や月単位など相当期間にわたる休業の場合には,労働者の生活保障を図るという労基法26条の趣旨が徹底される必要があり,従前の収入(所得)の6割を保障するため,労基法12条の平均賃金を所定休日を含めて算定する以上は,「休業期間中」についても,所定休日を含めて算定しなければならないでしょう。

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2019年1月17日 (木)

統計手法を勝手に変えたら罪になる?

厚労省が毎月勤労統計の調査手法を勝手に変えていたということが問題になっています。

表向きは、従業員数が多い500人以上の規模の事業所はすべて調査している、としていたのですが、実際には2004年以降、東京都についておよそ3分の1を抽出調査していた、というものです。

抽出調査は全数調査と違い、抽出時に偏りが生じる可能性がありますから、全数調査と比べると信頼性が劣ることは言うまでもありません。
さらに、東京都では約3分の1の抽出調査を行っているわけですから、抽出した結果を約3倍してから全国平均を算出すべきところ、2017年12月まではこれをしないで全国平均を計算していたようです。
東京都の賃金は全国で一番高いので、このような計算をすると賃金の全国平均額が低くなってしまいます。
雇用保険、労災保険などでもらえるお金の金額は、賃金の変動に応じて変わってくるため、全国平均額が低く計算されると、もらえるお金も減ってしまいます。
一人当たりの金額は多くないかもしれませんが、影響を受ける人が約2000万人ともいわれ、総額で500億円以上少なくなっていたと報道されています。

ところで、統計手法を勝手に変えることは問題ないのでしょうか。
政府が行う統計は特に信頼性が求められるので、「統計法」という法律でルールが決められています。
特に重要な統計を「基幹統計」と名付け、調査方法等は総務大臣に承認を得ることとされています(統計法9条)。
また、統計は定期的に続けることが大事なので、総務大臣の承認を得ずに、勝手に調査方法等を変更したり、中止したりすることはできません(統計法11条1項)。
その代わりに、統計を行う際には国民に報告義務を課し、さらに必要に応じて立ち入り検査をする権限まで与えられています(統計法15条1項)。

今回、厚生労働省は総務大臣に承認してもらった統計の方法を勝手に変えたわけですから、統計法11条1項違反といえるでしょう。

さらに、勝手に統計手法を変えた担当者は、統計法違反といて罪に問われる可能性があります。

第六十条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

一 (略)

二 基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者

毎月勤労統計は「基幹統計」とされています。
統計を見る人は、公表されている統計手法のとおり統計が作成されていると信じてデータを確認しますから、勝手に統計手法を変えることは、「真実に反する」統計データを生み出してしまう行為といえます。

そうすると、基幹統計について、担当者が勝手に統計手法を変えることは、上記統計法60条2号の「基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」にあたり、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処されるおそれがあります。
当然、勝手に統計手法を変えた担当者は国家公務員として懲戒処分を受ける可能性もあるわけですが、さらに刑事処分を受けてしまう可能性もあるわけです。

調べたところ、統計法違反で有罪となった事件が判例集に載っていました。

本判決は、昭和45年10月1日に施行された国勢調査に関し、北海道羽幌町で発生したわが国勢調査史上初の大がかりな人口水増事件の控訴審判決である。(略)羽幌町では過疎の波が押し寄せる中で市制化実現の夢を捨てきれず、町長が(略)部長会議の席上、市制化実現に必要な人口数を確保できるように国勢調査の人口数を捜査するよう指示し、町役場の幹部総ぐるみで作業を進めたうえ、虚偽の人口数を支庁に提出した。
(判例タイムズ320号310頁解説)

実際の町の人口は約2.4万人ながら、人口約3.1万人と公表していたため、国勢調査で隣村との合併による市制化実現の余地が残る2.7~2.8万人に人口を大幅に水増ししたという事件で、町長はじめ助役、総務部長、国勢調査臨時室長が統計法違反、虚偽有印公文書作成等で起訴、有罪となりました(旭川地判昭48.6.27、札幌高判昭49.9.17。羽幌町は現在も町のまま。)。

重要な政府統計は信頼できることが前提です。
最初に変更した担当者はもう時効(時効期間3年)ですが、総務大臣に承認された方法通り調査しなかったことが違法で罪になると考えられますので、最近の担当者はまだ時効にならないでしょう。

個々に関与した担当者に刑事処分をするかどうかは、どのレベルから指示があったのかなどもあり、単純には決められませんが、やはり信頼第一の政府統計で勝手に統計手法が変えられていたということは大変深刻な問題です。

なお、統計法の罰則は他にもありますが、ほとんどは統計で書いてもらった個人情報を流用した場合など、政府統計を作成する際の個人や団体の情報を保護するため、秘密を洩らした担当者を処罰する規定です。
統計は大事な基礎資料で、政策をも左右することがあります。
私たちも統計調査には協力すべきですが、同時にこのような不正な統計手法にはしっかりと批判をしていく必要があるでしょう。

2018年11月 2日 (金)

奨学金保証人への過大請求問題

奨学金制度を実施する日本学生支援機構が、保証人に対して本来は残債務の2分の1しか請求できないのに、全額を請求している問題を朝日新聞が取り上げています。
なお、この問題、当事者の方がいらっしゃいましたら、遠慮なくご相談ください(詳細は最後に)。

奨学金、保証人の義務「半額」なのに…説明せず全額請求
(諸永裕司、大津智義、2018年11月1日05時26分)

国の奨学金を借りた本人と連帯保証人の親が返せない場合に、保証人の親族らは未返還額の半分しか支払い義務がないのに、日本学生支援機構がその旨を伝えないまま、全額を請求していることがわかった。記録が残る過去8年間で延べ825人に総額約13億円を全額請求し、9割以上が応じたという。機構の回収手法に問題はないのか。

機構は奨学金を貸与する際、借りた本人が返せない場合に備え、連帯保証人1人(父か母)と保証人1人(4親等以内の親族)の計2人が返還義務を負う人的保証か、借りた本人が保証機関に一定の保証料を払い、返せない時に一時的に肩代わりしてもらう機関保証を求める。最近は半分近くが機関保証を選んでいるが、約426万人の返還者全体でみると7割近くが人的保証だ。

法務省によると、この場合、連帯保証人は本人と同じ全額を返す義務を負うが、保証人は2分の1になる。民法で、連帯保証人も含めて複数の保証人がいる場合、各保証人は等しい割合で義務を負うとされるためだ。「分別の利益」と呼ばれる。

 しかし機構は、本人と連帯保証人が返せないと判断した場合、保証人に分別の利益を知らせずに全額請求している。その際、返還に応じなければ法的措置をとる旨も伝えている。機構によると、2017年度までの8年間で延べ825人に全額請求した総額は約13億円で、9割以上が裁判などを経て応じた。機構は本人が大学と大学院で借りた場合などに2人と数え、「システム上、正確な人数は分からない」としている。(後略)

ちなみに私のコメントも載りました。

「分別の利益」知らせず奨学金を全額請求、専門家は批判

(前略)識者の間でも回収が重要であることに異論はない。ただ、その手法に対して、取材した専門家からは批判の声があがっている。

(中略)奨学金問題対策全国会議事務局次長の西川治弁護士は「今後、すでに返した半額分の払い戻しや減額を求める保証人が出てくれば、訴訟になる可能性もある」とみる。

要するには日本学生支援機構の奨学金では、本人と連帯保証人は全額返す義務があるものの、保証人は本人も連帯保証人も返せないときに、残債の2分の1だけ返す責任がある、ということです。

しかし、保証人の大半は、自分が法律上、2分の1しか返す義務があると知らないでしょう。日本学生支援機構はそれに付け込んで、全部返すように請求書を送り、挙句、裁判所でも全部返してくれと言っているのです。

「分別の利益」は、ほかに保証人(ここでは連帯保証人のこと。)がいれば、保証人の意思にかかわらず当然に認められるものです(もちろん、保証人が分別の利益を知りつつ、本人や連帯保証人が破産したり、延滞金を払わされたりするのはかわいそうだと考えて、全部支払うのは問題ありません)。

機構は、「抗弁」であると言い訳しています。
「抗弁」というのは、証拠がなく、裁判所が本当かどうか分からないときに、裁判所が借金を返せ、という側に有利な結論を書いていいというものをいいます。

代表例は、「弁済の抗弁」です。これは「借金はもう返したよ」というものです。裁判所では、証拠上、借金を返済したかどうか分からない(領収証がないときなど)と、「借金は返済されていない」(借金を返せ)と判断されてしまうのです。

借金取りが、実際には本人からお金を返してもらっているのに、それを黙って保証人にお金を返してくれ、と請求した場合、たとえば本人が行方不明になっていて、保証人がお金を返した証拠を出せないと、「保証人は全部返せ」という判決が出てしまうのです。

しかし、これは「詐欺」でしょう。

「抗弁だから問題ない」という機構や文科省の言い訳は、上のような本人から返してもらったのに、それを黙って保証人からお金を二重に取り立てる借金取りも「問題ない」と言っているのと同じなのです。

保証人の中にも、本人や連帯保証人を破産させるのは忍びないとして、法律上払う義務があるかどうかは脇に置いて、払ってくれる人もいるかもしれません。
しかし、日本学生支援機構としては、保証人に対し「あなたは保証人なので、全部払ってください」と言って保証人が全額支払わないといけないかのように請求するのではなく、「あなたが払わないといけないのは2分の1ですが、本人や連帯保証人も大変そうですし、奨学金事業を続けるためにも全部払っていただけないでしょうか?」とお伺いを立てるのが筋でしょう。

日本学生支援機構は独立行政法人であり、このような公的機関から「全部払ってくれ」と請求書がくれば、全部払わないといけないと誤解してしまう人が大半でしょう。
機構は、そのように誤解することを予想しながら、全額の請求書を送りつけ、全部支払わせているわけです。

私は、これを「過大請求」といっていいと思いますし、「詐欺」にすらなりかねないと考えています。

奨学金事業は、大事な事業です。
多くの学生を経済的に支援するため、1円でも多く回収したいということは、それ自体ダメだとは思いません。
しかし、保証人の善意を頼るのは構いませんが、保証人の法的知識の乏しさに付け込んで、騙すような形で無理やり回収することは許されないですし、奨学金事業に対する信頼性にも関わると考えています。

全額を請求された保証人の方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください(Tel 045-222-4401)。
法律家として、いろいろ考えていますが、支払ったうち、残っていた債務の半分を超える部分は取り戻せると考えています。
何より、このような不誠実な機構のやり方を是正させるには、国会での追及と裁判しかないと思います。
どちらの方法であれ、実例がないとできません。
ぜひご一報ください。

2018年10月29日 (月)

東京芸術大学が授業料値上げを発表

東京芸術大学が授業料を20%(107,160円)値上げすると発表しました。

東京藝術大学では、世界で活躍できるトップアーティストの育成を強力に促進するため、授業料の増額改定により、教育研究体制・サポート環境を拡充します。

1.授業料改定の時期・内容
 2019年度以降の学士課程および大学別科入学者、2020年度以降の大学院課程(修士課程・博士後期課程)入学者に係る授業料を、現行の年額535,800円から20%(107,160円)引き上げ、年額642,960円とします。
 これによる収入は、本学が世界の一流芸術大学と伍して行くための教育研究の高度化や、トップアーティスト育成の中核をなす「実技指導」の重点強化等に充当し、学生たちに還元します。
※ 2018年度以前に入学した学士課程および大学別科の学生、2019年度までに入学した大学院課程の学生については、当該課程に在学している期間は、2019年度以降も現在の授業料のままです。

2.学生の経済的支援の充実
 本授業料の引き上げにより教育の機会均等の確保が損なわれないよう、大学の自己収入などの財源を用いて、次の手当てを講じます。
 ① 引き上げ額を含めた授業料の減免の実施
 ② 経済的な理由で修学困難な学生に対する「修学支援奨学金(給付型)」を新設

同大学ウェブサイトより

もちろん,そもそも値上げしていいのかという疑問もありますが,東京工業大学の場合に比べると,「1.授業料改定の時期・内容」と並んで,「2.学生の経済的支援の充実」をきっちり書いていること,引き上げ部分も含めて授業料減免を行うこと明記した上,別建てで給付型奨学金の新設も書いてある点(しかも,「経済的な理由で修学困難な学生に対する」と対象を明記)は評価できます。
ただし,一見すると授業料減免の対象者は従前の規模を維持するように見えますが,授業料減免の対象となる部分に引き上げ額も含まれることが書かれていあるだけで,授業料減免の対象者を維持するかどうかは書かれていませんし,給付制奨学金の規模・金額も不明です。

この記事を書くため,東京芸術大学の大学概要2018を確認していたら,懐かしい名前を見つけました。
東京芸術大学の「理事(総務・財務・施設担当)・事務局長」であるK氏です。
※K氏は一応私人と思われるので,イニシャルにしておきます。リンク先を見れば載っていますが。一番経歴がたくさん書いてある方です。後述のS氏も同じです。S氏は大学に自分だけの経歴ページまでありますが,ここに書くと退任後まで名前が残るのでやめておきます。

同氏は文科省の官僚であり(国立大学法人の財務担当理事兼事務局長は文科省出身者が就くことが少なくありません。),平成18年2月~21年4月まで日本学生支援機構政策企画部長だった方です。
ちょうど日本学生支援機構が奨学金の延滞対策を強化した時期にあたり,2008.10.5のNNNドキュメント'08「貧困社会ニッポンの教育」や2009.2.9のNHKニュースなどで機構の延滞対策強化策等について説明していました。

ちなみに,先に授業料値上げを発表した東京工業大学の財務担当理事・副学長・事務局長を調べたところ,S氏でした。

S氏も文科省出身ですが,なんと!2004.7~2006.2まで日本学生支援機構の企画部長を務めていらっしゃいます。つまり,K氏の前任者。
2013.8~2016.4の九州大学 理事・事務局長時代には,日本学生支援機構が主催か後援かしていた国際シンポで日本の奨学金はただのローンではない,"scholarship loan"と呼ぶべきだという提案(※)をしていた方です。

今回の両大学の授業料値上げ,意外なところにつながりがありますね。
もちろん,ご両人が値上げを主導したかどうかわかりませんし,一応日本学生支援機構にいた方ですから,値上げするにせよ学生の経済的負担を軽減するための対策を何か入れましょう,と学内で頑張ってくださっていることを願っています。

ちなみに,東京芸術大学の在学者は学部約2000人,大学院約1300人(同大学大学概要2018)。
仮に授業料免除率を10%とすると,増収額は約3.2億円となります。

国立大学は「特別の事情があるとき」に限って授業料を標準額(535,800円)より高く設定することが認められています(国立大学等の授業料その他の費用に関する省令10条)。
両大学には,ぜひ値上げによる増収額をどう使ったのか,それが「特別の事情」にあたるということをウェブサイトに載せるなどして明らかにしてもらいたいところです。

※"scholarship loan"・・・"scholarship"(スカラシップ)は返還不要の給付制奨学金を意味し,"loan"(ローン)はいうまでもなく返還が必要なものをいう。これをくっつけると…返さなくていい奨学金ローン?いえいえ,日本の「奨学金」は基本返さないといけません。

2018年9月13日 (木)

東京工業大学が授業料値上げを発表

東京工業大学が授業料を9万6000円値上げすると発表しました。

東京工業大学は、2019年4月以降の学士課程入学者、および2019年9月以降の大学院課程(修士課程・専門職学位課程・博士後期課程)入学者の授業料について、学士課程、大学院課程とも、現行の授業料 535,800円(年額)を、635,400円(年額)に改定することといたしました。

授業料改定に伴い、本学では、国際化の推進、教育環境等の整備、学生の国際交流活動の充実といった教育内容・環境の向上を図ると同時に、自主財源を増強する努力を続け、志のある学生が経済的状況により本学で学ぶ機会を逸することがないよう、新たな給付型奨学金を創設するなど学生の経済的支援の充実に努めてまいりますので、ご理解を賜りますようお願いいたします。

同大学ウェブサイトより

「新たな給付型奨学金を創設するなど学生の経済的支援の充実に努めてまいります」とはあるものの,実態はこのとおり。

志のある学生が経済的状況により本学で学ぶ機会を逸することがないよう、産学連携等による資金獲得や本学の有する資産の活用などにより自主財源を増強する努力を続けて、学生への経済的支援の充実も図ります。具体的には、新たな給付型奨学金の創設等により、本学への進学機会に対する経済格差の解消に努めます。

問題点として,

  1. 財源が「産学連携等による資金獲得」「資産の活用」であり,今回の授業料値上げによる増収分を振り向けるものとは読み取れない。
  2. 「新たな給付型奨学金の創設等」の具体的内容が不明である。対象となる人数,給付額,給付の基準が家計ベースなのか成績ベースなのかなど,制度設計も規模感も一切明らかではない。

ことが指摘できます。

経済的な不安を抱えた受験生にとっては,このような抽象的な記載は何もないに等しく,単に授業料が約10万円値上げされ,負担軽減措置は期待できない,というメッセージにしかなりません。

そもそも国立大学は,教育の機会均等を図ることもその使命の一つであるからこそ,国から多額の運営費交付金を受けています。
教育の機会均等を図る方法は,必ずしも一律に私立より低廉な授業料を設定することのみではなく,授業料を引き上げる代わりに授業料免除などを大きく拡充する方法もありうるかもしれませんが,東京工業大学の声明からはそのような姿勢は見い出すことができず,疑問を持たざるを得ません。

授業料の引き上げ自体疑問はありますが,少なくとも速やかに新たな経済的負担軽減策の内容を示し,受験生が自らがその対象になるのか判断できるようにすべきではないでしょうか。

2018年8月19日 (日)

入れ歯安定剤と酒気帯び運転

酒気帯び運転で一審有罪になった男性が,使用していた「入れ歯安定剤に含まれるアルコールが検知された可能性がある」として,東京高裁で道路交通法違反(酒気帯び運転)について無罪になったそうです(読売新聞『「入れ歯安定剤でアルコール検知」酒気帯び無罪』8/19(日) 8:46配信)。

男性が使用した安定剤には16・9%のアルコールが含まれており,公判(裁判の審理)において再現実験をしたところ,飲酒していない状態にもかかわらず、安定剤を使用してから26分後に、呼気1リットル中0・15ミリ・グラムのアルコールが検知されたといいます。

酒気帯び運転は,道路交通法65条1項で禁止されています。

道路交通法65条1項

何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない。

これに違反した場合,酒に酔っているかどうかで次のいずれかの処罰がなされます。

道路交通法117条の2

次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
一 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ。)にあつたもの
(以下略)

道路交通法117条の2の2

次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(略)
三 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等(軽車両を除く。次号において同じ。)を運転した者で、その運転をした場合において身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあつたもの
(以下略)

ここで,いわゆる「酒気帯び運転」にあたる第117条の2の2第2号は「身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあつたもの」としていますから,呼気検査でアルコールが検出されたとしても,アルコールを「身体に保有」,つまり体の中にアルコールが入っていて,それが検出されたのでなければ「酒気帯び運転」になりません。

例えば,リステリンなどのマウスウオッシュにはエタノール(アルコール)が含まれているので,これでうがいをしてから呼気検査をすると,「酒気帯び運転」の基準を超えるアルコールが検知されることがあります。
しかし,このアルコールは口の中に残っているマウスウオッシュに含まれるエタノールが検出されただけですから「酒気帯び」とはいえません。

今回,入れ歯安定剤も口の中に入っているだけですから,入れ歯安定剤に含まれるエタノールが検出されただけなら「酒気帯び」にあたりません。
前夜に飲んだアルコールが原因,または原因の一つである可能性もあるかもしれませんが,前夜に飲んだアルコールが原因であると言い切れる,または入れ歯安定剤なしでも前夜に飲んだアルコールだけで呼気検査に引っかかっていたことが間違いない,と言い切れなければ有罪になりません。「疑わしきは被告人の利益に」です。

さて,ここまで読んで,飲酒した後はマウスウオッシュをして運転すれば捕まらない!と思った方,それは間違いです。
呼気検査前には水でうがいをしますので,マウスウオッシュは流れてしまうのです。

また,入れ歯安定剤は流れにくいですが,入れ歯を付けていない方がわざわざ入れ歯安定剤を塗っておくのは不自然です。入れ歯をしている方についても,今後は呼気検査前に入れ歯安定剤などは確実に除去させるとか,入れ歯の方が呼気検査でアルコールが検出されると,速やかに血液検査も実施するなどの対応がなされると思います。

そもそも,なぜ酒気帯び運転が違法なのかというと,酒気帯び運転が安全運転を困難にするからです。仮に酒気帯び運転が警察に分からなかったとしても,事故を起こせば被害者に迷惑を掛け,運転者も相応の責任を負いますから,お酒を飲んだら運転しない,翌朝運転するなら前夜の酒量は控えるといったことをきっちり守りましょう。

2018年6月 7日 (木)

「1週間前までに」はいつまでか?

総会や大会の案内を,「●日前まで」「●週間前まで」に送らなければならない,とあった場合,いつまでに送ればOKでしょうか。

たとえば,「1週間前まで」と言えば,前の週の同じ曜日に送れば大丈夫そうに思えます。
実際,裁判所に書面を提出する場合,「書面は次回期日の1週間前まで」と指定されることが多いのですが,それは通常前の週の同じ曜日の日のうちに提出,という意味です。

次に裁判所に行く日が6月13日(水)であれば,6月6日(水)が終わるまで(24時になるまで)に書面を提出(FAXで送る)すれば締め切りを守ったことになります。

ところが,厳密にはこれではダメなのです。例えば,一般社団法人の社員総会は1週間前までに通知を発する(発送する)必要があります。

(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第39条1項本文)

社員総会を招集するには、理事は、社員総会の日の一週間前までに、社員に対してその通知を発しなければならない。

この場合,前の週の同じ曜日ではなく,その前日に送らなければならないとされています。6月13日(水)が社員総会なら,6月5日(火)までに発送しないといけないのです。

一見奇妙に見えるかもしれませんが,民法の原則に従って計算すると,確かにこれで正しいのです。

社員総会の日の「1週間前までに発送」ということは,逆に言えば「発送から1週間後まで」は社員総会を開いてはいけないということです。そこで「発送から1週間後」はいつかを考えるとします。まず,

(民法第140条)

日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

がありますから,発送した日(例えば6月5日)は算入せず,翌日(同6月6日)からカウントします。次に,

(民法第143条)

1項
週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。

2項本文
週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。

を適用すると,6月6日(水)の1週間後(「最後の週」)に6日(水)に応当する日(=同じ曜日のこと)である13日(水)の前日,つまり12日(火)に期間満了となります。

ところで,期間の満了は

(民法第141条)

前条の場合には、期間は、その末日の終了をもって満了する。

とあるとおり,期間の最後の日(今回は12日)が終わったときとされていますから,12日が終わったときに「発送から1週間」が終わったことになります。

そうすると,社員総会を開くことができる「発送から1週間後」というのは,6月5日(火)発送なら13日(水)の午前0時からということになります。

この考え方については,戦前の最高裁判所にあたる大審院が昭和10年7月15日の判決で株主総会の2週間前までに招集通知を発することを求める商法156条第1項(当時)の規定について「通知書を発したる日の翌日より起算して会日迄の間に少くとも2週間の日数を存したる場合に非ざれば其の通知は違法なり」と述べ,発送した翌日から2週間は開催できないと明確にしています。

当然,「1か月前まで」は前月の1つ前の日付までとなりますし(6月7日開催なら,5月6日までに発送),「5日前まで」なら6日戻ることになります(6月7日開催なら,6月1日までに発送)。

この判決では,通知が遅れたことを理由にして株主総会の決議は違法で無効としています。1日遅れくらいと思っていると,株主総会や社員総会などの決議が無効とされ,組織運営に重大な問題を来すおそれがあります。

うっかり遅れた場合,出席できる人全員の同意を得られれば(同意を得られれば出席してもらえなくてもよい),通知が遅れても予定通り開催できる場合が多いようですが,1人でも了解が得られなければ日にちを改めて開催することになります。

完全な任意団体ならよほどのことがない限り問題ないかもしれませんが,会社や一般社団・財団法人,マンションの管理組合など,法律に根拠のある団体については特にご注意ください。

2018年4月11日 (水)

奨学金問題・「自己破産予備軍」の人数について

先日,客観的に見て,自己破産しても不思議はない人を「自己破産予備軍」と称するならば,約30万人のうち約20万人は「自己破産予備軍」と呼んでよいのではないかと書きました。

この計算根拠についてご説明したいと思います。

①延滞者のうち「破産予備軍」:122,723人

資料:

・平成28年度奨学金の返還者に関する属性調査結果([A] 概要

・平成27年度奨学金の返還者に関する属性調査結果([B] 本文

計算:

資料[A]によると,平成28年度末に奨学金返還を3か月以上延滞している者(延滞者)は160,580人(概要Ⅰ)。

3か月間も延滞をするのは破産状態を疑うべきですが,上記の調査では延滞者にも若干収入の高い人がいます。そこで,延滞者の状況に応じて返済が難しそうな人だけを「破産予備軍」とすることとします。

資料[B]の25頁には,延滞者に対して今後の返還の見通しを聞いた調査結果があります。
お金を借りている先から,「今後お金を返せそうですか?」と聞かれれば,普通の人はできるだけ「返せます」と答えるのが通常でしょうが,それでも厳しいとの回答をする人が少なくありません。

選択肢は次の6つです。

  1. 決められた月額等を返還できると思う
  2. 決められた月額等の半額程度より多く返還できると思う
  3. 決められた月額等の半額程度返還できると思う
  4. 決められた月額等の半額程度より少ないが返還できると思う
  5. 返還できないと思う
  6. わからない

このうち,3~6は予定通り返せる見込みがなさそうであるとして,「破産予備軍」とします。表5-7-1からその割合は58.52%です。

また,本人の年収とクロス集計した表5-7-2では,1・2の人たちの相当部分は実際には年収が低く,本当に返せるのか疑問があります。
そこで,返せると回答している1・2の人のうち,年収0~200万円未満までの人も「破産予備軍」とします。その割合は17.91%です。

延滞者160,580人にこれらの割合を掛けると,122,723人となります。

②返還猶予利用者のうち「破産予備軍」:50,322人

資料:

・平成28年度業務実績等報告書([C] PDF

・平成26年度業務実績等報告書([D] PDF

・平成27年度債権管理・回収等検証委員会報告書([E] PDF

計算:

資料[C]45頁より,平成28年度の一般猶予承認件数は154,249件。
「一般猶予」は,返還期限猶予のうち,教育機関在学中以外の事情で返還期限を猶予するもので,その86%は生活困窮(低収入など)です。

ただし,これは1年間の承認件数で,短期間のものなども含まれているとみられることから,平成28年度末時点で一般猶予を利用している人数に補正する必要があります。

この点は正確な資料がありません。
同調査の平成26年度版である資料[D]26頁では,一般猶予承認件数は137,561件となっており,一方で資料[E]16頁では,利用期間別の平成26年度末の「返還期限猶予制度(うち経済困難等を理由とするもの)」の数が合計92,341となっていることから,

 154,249 ÷ 137,561 × 92,341 = 103,543人

が平成28年度末時点で一般猶予を利用している人数(又は件数)となります。

さらに,しばらく返還猶予制度を利用した後,通常通り返還できるようになる人も少なくありません。この人たちの中には「破産予備軍」とまでは言えない人も少なくないでしょう。

資料[E]16頁には減額返還・返還期限猶予制度を利用した人が2年後どうなっているかを調べた調査があり,返還期限猶予制度については,51.4%の人が2年後に返還完了又は通常返還無延滞となっています。

したがって,返還期限猶予者のうち,「破産予備軍」と推計できるのは103,543 ×(100% - 51.4%)= 50,322人となります。

③減額返還利用者のうち「破産予備軍」:7,983人

資料:②に同じ

計算:

基本的に②と同様です。

資料[C]44頁より,平成28年度の減額返還承認件数は21,013件。

 21,013 ÷ 137,561 × 92,341 = 14,105人

資料[E]16頁で,減額返還制度については,43.4%の人が2年後に返還完了又は通常返還無延滞となっているため,減額返還者のうち,「破産予備軍」と推計できるのは14,105×(100% - 43.4%)= 7,983人となります。

④代位弁済のあった人=「破産予備軍」:7,910人

資料:②に同じ

計算:

「代位弁済」とは,家族親族に連帯保証人,保証人になってもらう代わりに,保証機関(一般の保証会社ではなく,公益財団法人日本国際教育支援協会が行っています)に保証料を払って連帯保証してもらった人について,一定の延滞が生ずると保証機関が代わりに日本学生支援機構に奨学金を一括弁済するという仕組みです。

一定期間延滞が続いている方がこの代位弁済の対象となりますから,基本的に全員を「破産予備軍」としてよいと思われます。

資料[C]41頁より,平成28年度中の代位弁済件数は7,910件です。

本来は過年度分の代位弁済件数をどうするかという問題もありますが,さしあたり当年度分のみとしています。

まとめ

①延滞者のうち122,723人

②返還期限猶予制度利用者のうち50,322人

③減額返還制度利用者のうち7,983人

④代位弁済を受けた7,910人

を合わせた188,938人が「破産予備軍」と推計されます。

破産への抵抗感が強いことや保証人がいると迷惑が掛けられないとして破産を避けることが多いことなどから,この人たちの多くは破産を選択していないわけですが,返還困難時の救済制度を十分整備しなければ,さらに奨学金を原因とする破産が増加するおそれがあるということは踏まえて制度を検討していく必要があるでしょう。

ただし,このうち,②③の58,305人については,機構の返還困難時の救済策である返還期限猶予制度,減額返還制度により,破産の危機に直面せずに済んでいる,と評価することもできます。

このような制度が設けられていることは機構の奨学金制度の積極面として評価してよいと思いますが,他方で,それだけでは救済しきれないのではないか,という点は指摘しなければならないでしょう。

(補足)

上では「~人」と表記していますが,機構の発表している数字は無利子と有利子を併用した場合,大学と大学院で借りた場合などにダブルカウント,トリプルカウントになっている場合があります。そのため,「~人」とは書いてありますが,このような重複してカウントされている例が含まれている可能性があることはご承知おきください。

2018年3月26日 (月)

『教育費の政治経済学』と子どもの貧困,教育の無償化

今日は「無償教育の漸進的導入」に係る公開研究会として,日本大学文理学部の末冨芳・准教授(教育行政学)を講師に「『教育費の政治経済学』と子どもの貧困,教育の無償化」と題した研究会に参加しました。

末冨先生の著書である『教育費の政治経済学』(勁草書房)は数年前に購入し,私の買った本リスト(エクセルで作ってあります)には2014年8月以前に読み終えて,かついい内容の本だという評価がされているのですが,内容にまったく記憶がないので,きっと読んだつもりになっているのでしょう。

近時,明石書店から『子どもの貧困対策と教育支援──より良い政策・連携・協働のために』という本も発行されたそうです(こちらの本の著者の一人である横井葉子さんとは,横浜で行っている勉強会でご一緒させていただいております)。

末冨先生のご指摘の中で,やはり受け止めねばならないことは,この間,子どもの貧困や教育格差の問題が指摘される中で,テストスコア(全国学力テストの成績やPISAテストの成績といった点数で評価できるもの)と家庭の社会経済的背景・社会の教育投資額の関係を比較するアプローチが広がってきたことの功罪です。

たしかに,お茶の水女子大の耳塚先生に代表されるようなテストスコアが家庭の社会経済的背景によって相当程度規定されているという調査が示されることで,相対的に不利な地位にある子どもたちへのフォローが必要であるという世論が相当程度喚起されたこと,それを受けて子どもの貧困対策法などを通じ,行政も一定の対策を講じつつあることは肯定的に受け止めなければなりません。

他方で,これらの対策の中心が,学校外教育の費用負担の軽減(典型的には塾代補助)となっていることからもわかる通り,1つには社会経済的背景の不利が子どもに不利に働く仕組みには手を付けず,対症療法的になっていること,もう1つは公教育そのものへヒトやモノを投入して質の改善を図るというものになっていないということには,気を付ける必要があります。

本来,子どもの貧困対策は総合的なアプローチであり,投資以外にも子どもの人権保障という面や次世代の社会の基盤づくりといった面があるはずですが,それらが捨象される危険性には常に気を付けねばなりません。

公立学校の教員には,子どもの貧困問題も念頭に置きながら,熱心に子どもと向き合っている先生方がたくさんいらっしゃいますが,ただ,アルマーニの制服に限らず,たとえば学校で全員に購入させる道具類(書道セット,裁縫セット,絵の具,色鉛筆,楽器など)について,その必要性の吟味や必要としたときにできるだけ廉価なものを指定するといった配慮が不十分である学校は少なからず存在するように見受けられます。
アルマーニの制服(実際は「標準服」だそうですが)についても,そもそも小学校で制服を必要とする理由に立ち返る必要があるでしょう。

末冨先生の問題提起で,このようなものがありました。

次のうち,公立中学校で必要なものはどれか?逆に,公立中学校には不要(むしろない方がよい)というものはどれか?

掃除機  アナと雪の女王のDVD  演劇シアター  iPad  朝食

3Dプリンター  任天堂スイッチ  カフェ  修学旅行  犬

日本国内で,100%とはいわないまでも,多くの人が必要だ,と答えるのはせいぜい修学旅行くらいな気がします。逆に,掃除機,DVD,演劇シアター,3Dプリンター,任天堂スイッチ,カフェあたりは多くの人からない方がよい,と言われそうですね。
みなさんはいかがでしょうか。

末冨先生は修学旅行が必要,ということには懐疑的です。あえて親に金銭的負担をさせてまで修学旅行を行う意味があるのか,という疑問からです。
私は学校外での生活体験,宿泊体験,特に日常とは異なる地の体験(旅行体験)が各家庭任せではすべての子どもに保障されないため,学校として実施する意義は十分あると考えますが,先生が指摘される通り,学校の先生方のうち,修学旅行を実施する意義(あらゆる経済状況の親がいる中で,あえて親の負担で修学旅行を実施しなければならない必要性,あるいは就学援助費で修学旅行費を支出する必要性)を十分説明できる先生方がどれほどいらっしゃるかと問われれば,頭を抱えざるを得ません。

さて,私は先日,高等教育の負担軽減を唱える立場ながら,高等教育の「無償化」に懐疑的な論考を書きましたが,末冨先生も現在言われている「無償化」には慎重論のようです。「無償化より大事/有効なことがある」と考えるからです。

ただし,私が思うのは,「無償化より前にやるべきことがある!」という意見は,政府関係者が主張すると,「無償化より前に「やるべきこと」がある,だがその「やるべきこと」もお金がかかるから慎重であるべきだ」という意味になり,結局「何もしない」あるいはお茶を濁す程度しかしない,という結論になってしまう,ということです。

なぜ末冨先生や私たちの「無償化より大事なことがある」と彼らの(そう,たいてい「彼ら」であって,「彼女ら」になることが少ない),「無償化の前にやるべきことがある」の意味が違ってくるのか,まずそこが問題ではないか思います。

2018年2月16日 (金)

奨学金問題・「自己破産予備軍」

昨日(2018.2.14)付朝日新聞の奨学金特集に私のコメントが載りましたので,「自己破産予備軍」について若干の解説をしておきます。

「自己破産」は,自ら申し立てて裁判所で破産手続を開始してもらうことですが,誰でもできるわけではなく,一定の要件を満たさなければ破産手続を始めることができません。

破産法15条
1項 債務者が支払不能にあるときは、裁判所は、第30条第1項の規定に基づき、申立てにより、決定で、破産手続を開始する。
2項 債務者が支払を停止したときは、支払不能にあるものと推定する。

このように,支払不能,つまり債務者(お金を借りた人)が借金を払えない状態になった場合に破産手続を開始することでき(1項),支払停止,つまり債務者が借金の返済をストップしたときは,払えるけど返さないのではなく,払えないものと考えて,特に反対の事情がなければ破産手続を開始する(2項)とされています。
※なお,会社などの法人は,債務超過(預貯金や売掛金などのプラスの財産より,借金や買掛金などマイナスの財産の方が多いこと)の場合も破産手続を開始できますが,個人の場合は借金の方が多くても,返済計画通り払えるなら破産できません

そうすると,奨学金の返済を延滞しているというのは支払停止ですから,借金を返せない状態であると推定され,破産手続を開始する要件を満たします。
1回延滞しても単に銀行の残高が足りなかっただけかもしれませんが,3か月以上の延滞はさすがに返済が止まっているといえますから支払停止にあたり,破産手続を開始しうると考えてよいでしょう。
返還猶予や減額返還制度を利用している方も,予定通り返済することができないために返還猶予や減額返還制度を利用しているわけですから,支払不能と考えてよいでしょう。

2016年度末でみると,返還猶予制度利用者は約15万人(在学猶予を除く),減額返還制度利用者は約2万人です。ただし,高校と大学の両方で借りた人などは2人としてカウントされているので,実際はある程度減り,3か月以上延滞者16万人を加えて28~29万人程度でしょうか。

もちろん,返還猶予や減額返還を利用することで破産を回避し,1~数年して当初の計画通りの額を返せるようになる人も少なくありませんし,延滞者の中にも自宅を所有しているなどの理由で破産を選択しない(自宅を売却して返済したり,民事再生手続を利用するなど)方もいらっしゃいますから,約30万人がすべて「自己破産予備軍」になるわけではありません。
しかし,客観的に見て,自己破産しても不思議はない人を「自己破産予備軍」と称するならば,約30万人のうち約20万人は「自己破産予備軍」と呼んでよいでしょう。

ただし,忘れてはならないのは,機構の返還猶予制度・減額返還制度を利用している方は,これらの制度によって自己破産をせずに済んでいる,という面もあるということです。そういった意味で,機構の救済制度は一定の役割を果たしています。
しかし,返還猶予制度は原則10年が上限とされています。2014年に延長されるまでは5年が上限でしたから,増えた5年分を使い果たす2019年には引き続き低収入なのに返還猶予制度を利用できず,延滞に陥って自己破産を選択する人が急増するおそれがあります(なお,過去に遡って返還猶予を利用している場合は,既に使い果たしている可能性もあります)。
大学を卒業したのに年収が300万円(返還猶予の目安金額)に達しない状態が継続するというのは,およそ大学を卒業したものの,経済的には大卒の利益を享受していないということであり,そのような方にも厳しく返還を迫ることが合理的なのかどうかは疑問があります。

イギリスやオーストラリアでは,年収が低額(300~480万円以下)の場合は自動的に返還を猶予し,長年低所得が継続すればそのまま残債務は免除するという仕組みになっています。高等教育を受けることで経済的にも利益を得たのであれば,そのうち学費見合いの分は返してもらうが,経済的に利益を得なければ返さなくていいよ,という考え方です。
21世紀は知識基盤社会と呼ばれるように,産業が高度化し,一握りの「優秀」な人間だけが大学に通えば社会が発展するという時代ではありません。一握りの「優秀」な人間を育てることも大事ですが,それにもまして多くの人々が高等教育を通じてさまざまな能力・スキルを身に付けなければ,国際競争に後れを取ってしまうという時代です。
そのような時代には,カネのことは心配せずに進学せよ,という仕組みを構築しなければなりません。結果,経済的にも成功した人から応分の負担を(税という形か,奨学金の返還という形かは別にして)いただくことはありうるにせよ,学費を払えないとか,将来奨学金を返せないかもしれないとかいったことで進学を躊躇させるようなシステムは21世紀にふさわしくない,と考えています。

«お金がない人にあげる奨学金よりお金がある人にあげる奨学金の方が大事!?