新型コロナウィルス感染症をめぐる情勢で,にわかに注目を集めたのが労働基準法26条(休業手当)です。
労働基準法26条(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
「自粛」要請の対象となり店を閉めた場合(一定規模のパチンコ店など),売上が激減してお店を休みにした場合(飲食店など)などについて,休業手当の支払義務があるかどうかについては,労働側では嶋﨑量弁護士(4/9 ・4/26),使用者側では倉重公太朗弁護士(4/3・4/8・4/11)が詳しいので,ご参照ください。
本稿で取り上げるのは,休業手当の支払義務の有無ではなく,支払額の計算方法です。
条文を読むと,休業手当として,普段の賃金の6割が受け取れるように思われますが,実際は普段の賃金の4割程度しかもらえない,という批判がされています。
その理由は,現在の行政解釈が,所定休日について休業手当の支払は不要である,としている点にあります(昭24.3.22基収4077号)。
これを前提にすると,(休業手当)=(平均賃金の100分の60)×(休業期間中の所定労働日数)で計算することになります。
ここで,平均賃金とは,次の通り,直近3か月の賃金額÷直近3か月の日数(90日前後)で計算します。
労働基準法12条(平均賃金)1項本文
この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。
たとえば,月末締めの労働者が,
- 3月分賃金 29万円
- 4月分賃金 31万円
- 5月分賃金 30万円(3か月平均30万円)
の賃金を得た場合,3~5月の3か月間で92日ありますから,
平均賃金=(29万+31万+30万)÷92日=9,783円
となり,「平均賃金の100分の60」は,9,783円÷100×60=5,870円となります。
たとえば,6月がまるっと休業になったとしましょう。素直に考えれば,3か月の賃金月額の平均(30万円)の6割で,18万円くらいはもらえると思うでしょう。6月は30日ありますので,5,870円×30日=176,100円なら,(4割カットなので不服はあるにせよ)そういうものだと納得するでしょう。
しかし,行政解釈によれば所定休日の支払は不要です。
完全週休二日制で土日が休みの場合,2020年6月は土日が8日ありますから,30日のうち8日分は休業手当はもらえず,残り22日分について,5870円×22日=129,140円だけになってしまいます。3か月の賃金月額の平均(30万円)の43%に過ぎません。
2020年5月なんて,祝日休みの会社なら(所定労働日数18日)わずか36%です。
極端な例では,週に2日,各20時間働く変形労働時間制(月給制)の場合,20%を下回る可能性もあります。
本当にこれでいいのでしょうか。そもそもこの行政解釈(昭24.3.22基収4077号)は,所定休日について休業手当を不要とする理由について,
法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によって全額請求し得る賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。
とするのみで,所定休日に支給しないために結果的に休業が長期に及ぶと従前の収入(所得)の6割をかなり下回ってもよい理由を何ら説明できていません。
行政解釈が間違っていることもあるというのは,旅行業法の件で触れたとおりです。
裁判所ではどのように判断されているのか見ていきます。
~休業手当が認められた裁判例~
提訴するときは賃金の全額を請求することが多く,認められれば休業手当は問題にならないため,休業手当の支払を命じた裁判例はあまり多くありませんが,裁判所が休業手当を認めた例を見ていきます。
- 東京高判昭和57年7月19日民集41巻5号1330頁(ノースウェスト航空事件・控訴審判決)
所属する労働組合の部分ストライキに参加しなかった組合員が,S49.11.14~12.15まで休業させられ,その期間の賃金が全額支払われなかったため,主位的に民法536条2項により未払賃金の全額を請求し,予備的に未払賃金のちょうど60%にあたる休業手当を請求した事案です。
判決は,所定就労日数を認定することなく,未払賃金のちょうど60%の支払いを命じました。
判例集では金額が載っている「別紙請求債権目録」が省略されている場合が多いようですが,判時1051号157頁にはこの目録が載っており,計算するとちょうど未払賃金の6割となっています。
なお,上告審(最判昭和62年7月17日民集41巻5号1283頁)で休業手当の請求も棄却されています。
- 前橋地判昭和38年11月14日労民集14巻6号1419頁(明星電気附加金請求事件)
第二組合の組合員が,第一組合のストライキ中(時限ストの日と全就業時間にわたる全面ストの日がある。)により就労できなかった日・時間の賃金が全額支払われなかったため,主位的に民法536条2項等により未払賃金の全額を請求し,予備的に未払賃金のちょうど60%にあたる休業手当の付加金を支払うよう求めた事案です。
判決は,休業した日数・時間について争いがないとしながら,行政解釈の方法によることなく,未払賃金のちょうど60%の支払いを命じました。
なお,なぜ休業手当そのものは請求せず,付加金だけ請求したのは謎です。
- 函館地判昭和63年2月29日労判518号70頁(相互交通事件)
人身事故を起こして業務上過失致死罪に問われたタクシー運転手が,事故の3日後から罰金刑を受けて解雇されるまでの間,「特別休職処分」として無給の自宅待機とされたため,「特別休職処分」が無効であるとして未払賃金の全額を請求した事案(仮処分)です。
判決は,「特別休職処分」を有効とし,未払賃金の全額の支払義務は否定しましたが,次のように判示して,休業手当の支払義務があるとし,請求のあった9か月と7日分について,年間所得額を12で割って月平均額を計算し,その6割相当額×(9か月+7日/31日)を休業手当として支払うよう命じました。
労働基準法26条の解釈適用としては、本件特別休職処分による休業について、これを「使用者の責に帰すべき事由」に当たるものとして、同条所定の平均賃金の六割の限度で、使用者たる債務者にその負担を求めるのが相当である。(中略)債権者の昭和五七年の年間所得額は金238万9500円であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、その月平均額金19万9125円が同法12条所定の平均賃金を上回ることはないと一応認められるので、右月平均額を基準としてその6割相当額の金11万9475円により計算すると、昭和58年11月1日から昭和59年8月7日までの間の右請求権の合計額は、金110万2253円(昭和59年8月1日から7日までは日割計算による。)となる。
- 大阪地判平成18年1月6日労判913号49頁(三都企画建設事件)
派遣労働者が,派遣先からの交代要請に派遣元が応じて解雇されたため,解雇は無効であるとして,主位的には契約期間満了までの賃金全額を請求し,予備的に契約期間満了までの賃金の60%を請求した事案です。
判決は,解雇無効としつつ,派遣元が派遣先から派遣労働者に問題があるとして交代要請があったときにこれを争うのは困難であるとして,交代後の未払賃金全額の支払義務を否定し,休業手当の支払義務のみを認めました。
そして,休業手当の金額については,次の通り判示しています。休業手当の対象期間が,H15.5.7~7.31であったため,5月については,「520,000×25日÷31日×0.6」,6・7月分は「520,000×2月×0.6」で計算しており,行政解釈とは異なります。
なお,「所定労働日も明確に定められておらず,休業期間も正確な日数を算定することは困難である」と述べる部分は,行政解釈による計算ができないため簡便な方法をとったとの趣旨と解する余地もありますが,行政解釈が正当とするのであれば,少なくとも判決の算定額にさらに6/7を乗ずるべきであり(週あたり1日は休日を確保する必要があるため:労基法35条),行政解釈を支持する判示であるとはいえないと考えます。
原告は,B設計に平成15年4月5日から同年7月末日まで派遣される予定であったこと,1か月当たりの賃金は52万円であったことが認められ,上記期間の休業手当は,87万5613円となる(前記(1)ア,イで述べたとおり,原告と被告との間では,給与の締め日は明確に定められておらず,また,所定労働日も明確に定められておらず,休業期間も正確な日数を算定することは困難である。このため,月額52万円,毎月末日を締め日とし,日割計算により休業手当を計算することとする。)。
〔計算式〕520,000×(25÷31+2)×0.6=875,613
以上のとおり,裁判所が休業手当の支払を命じた例では,いずれも端的に未払賃金額の6割の支払を命じるか(1・2),又は平均賃金(労基法12条)の1か月分と概ね異ならないとみられる月平均賃金額・所定の月例賃金額の6割の支払を命じています(3・4)。
このように,裁判所は,端的に休業手当の額である「平均賃金の100分の60」は,「休業期間中を通じて,休業がなかったとしたら,労働者がその使用者から得られたであろう賃金額の6割」とする趣旨であって,「休業期間中の所定労働日についてのみ,平均賃金の100分の60を保障する」(実際に労働者の得る額は,休日の分だけ減る)という行政解釈の立場に立っていないことは明確でしょう。
~いわゆるバックペイからの中間収入控除との関係~
ところで,労基法26条は,解雇された労働者が,解雇無効を争っている間に他で就労収入を得た場合,バックペイからどこまで控除してよいかという局面でも用いられています(いわゆる中間収入の控除)。裁判所は,中間収入は解雇により支払われなかった賃金の4割の限度で控除できるが,残り6割については控除できないとしています。
この点を最初に判示した最判昭和37年7月20日民集16巻8号1656頁(米軍山田部隊事件最判)は,次の通り判示しています。
労働者は、労働日の全労働時間を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきものとするのを相当とする。
ところで、労働基準法26条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合使用者に対し平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法114条、120条1号参照)のは、労働者の労務給付が使用者の責に帰すべき事由によつて不能となつた場合に使用者の負担において労働者の最低生活を右の限度で保障せんとする趣旨に出たものであるから、右基準法26条の規定は、労働者が民法536条2項にいう「使用者ノ責ニ帰スヘキ事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。そして、前叙のごとく、労働者が使用者に対し解雇期間中の全額賃金請求権を有すると同時に解雇期間内に得た利益を償還すべき義務を負つている場合に、使用者が労働者に平均賃金の6割以上の賃金を支払わなければならないということは、右の決済手続を簡便ならしめるため償還利益の額を予め賃金額から控除しうることを前提として、その控除の限度を、特約なき限り平均賃金の4割まではなしうるが、それ以上は許さないとしたもの、と解するのを相当とする。
原判決は、結局、右と同趣旨に出たものであつて、その確定した事実関係の下で、被上告人の請求により、上告人の賃金額から同人が解雇期間内に他の職について得た利益の額を平均賃金の4割の限度において控除し、その残額賃金の支払を命じたことは、正当であつて、所論の違法はない。論旨は、叙上と相容れない独自の見解に立脚して原判決を非難するに帰し、採用し得ない。
同判決は,労基法26条は,解雇無効の場合にも「適用がある」とした上で,民法536条2項但書と労基法26条の解釈として,(1)使用者は労働者に平均賃金の6割以上を支払う義務がある(労基法26条)=(2)平均賃金の4割までは中間収入を控除してよい(民法536条2項但書)と判断しています。これは,
中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割(控除不可)+(2)平均賃金の4割(控除可能)
支払を命じるバックペイの額=(1)+((2)-中間収入の額。中間収入の額が(2)を超えるときは0)
という前提がなければ,成り立ちえない議論です。
しかし,労基法26条の行政解釈を前提とすると,
中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割×所定労働日数(控除不可)+(2)その余の部分(控除可能)
となりますから,控除可能額は,「平均賃金の4割」を超える額になるはずです。
同最判の原判決(福岡高判昭和35年11月18日民集16巻8号1676頁)は,
当事者間に争のない被控訴人が本件出勤停止を受ける前の平均賃金月額その他弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件出勤停止を受けた日から昭和35年4月末日までの間に、受くべかりし給与総額は合計1,393,470円となり、これより出勤停止期間中に休業手当として支給された合計201,869円竝に全期間の各種社会保険料及び所得税を控除した残額1,064,256円が、昭和35年4月末日現在までの計算として、被控訴人から控訴人に対し請求し得べき手取給与額となることを認めることができる。しかし前認定のとおり、昭和32年11月から昭和34年9月までの間に、被控訴人が得た別途収入合計306,000円の一部を右金額から控除すべきであるところ、該控除額は、右期間中の被控訴人の手取平均月額20,877円(当事者間に争がない)の4割に相当する金8,350円の23ケ月分、合計192,050円となる。よつて前記手取給与額から右金額を控除すれば、金872,206円となるが、なお本件口頭弁論終結時である昭和35年6月29日現在(本件賃金は毎月分を翌月10日払の定めであつたことは被控訴人の自陳するところである)においては、右に同年5月分の賃金手取額23,012円を加えた金895,218円が、被控訴人の請求し得べき総金額となる。
と判示しており,整理すると次のようになります。
- 本件出勤停止を受けた日(S30.11.8)~S35.4.30の間の給与額:1,393,470円
- 同期間の休業手当・社会保険料・所得税:329,214円
- 「2」を控除した手取給与額:1,064,256円(=「1」-「2」)
- S32.11~S34.9までの間に得た収入:306,000円
- S32.11~S34.9までの手取平均月額:20,877円
- 「5」の4割:8,350円(=「5」×40%)
- 中間収入控除の上限額(S32.11~S34.9までの手取平均月額の4割):192,050円(=「6」×23か月)
- 「3」から控除できる中間収入額(「4」と「7」の寡額):192,050円(=「7」<「4」)
- 「1」の期間に対応する支払額:872,206円(=「3」-「8」)
- S35.5.1~5.31の賃金手取額:23,012円
- 実際の支払額:895,218円(「9」+「10」)
労基法26条の行政解釈に従うならば,上の5~7は次のようにしなければなりません。
- S32.11~S34.9までの手取平均月額:20,877円
- 休業手当の額(「5」の6割×6/7):10,767円(=「5」×60%×6日÷7日)
※6/7を掛けるのは,法定休日が週1日必要であり,所定労働日は7日(1週間)あたり6日と考えられるから(当時は週所定の上限は48時間)。
- 中間収入控除の上限額(S32.11~S34.9までの手取平均月額-休業手当の額):232,530円(=(「5」-「6」)×23か月)
さらに,最判昭和62年4月2日労判506号20頁(あけぼのタクシー事件)は,次のように判示しています。
使用者の責めに帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり右利益(以下「中間利益」という。)の額を賃金額から控除することができるが、右賃金額のうち労働基準法一二条一項所定の平均賃金の六割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である(最高裁昭和三六年(オ)第一九〇号同三七年七月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一六五六頁参照)。したがつて、使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の六割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、右利益の額が平均賃金額の四割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法一二条四項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解せられる。
このように,同最判は,前記米軍山田部隊事件最判を引用しつつ,やはり,
中間収入控除前のバックペイの額=(1)平均賃金の6割(控除不可)+(2)平均賃金の4割(控除可能)
という考え方を示しています。
また,最判平成18年3月28日労判933号12頁(いずみ福祉会中間利益控除判決)は,最高裁が自ら中間収入控除の計算を行った事案ですが,米軍山田部隊事件最判,あけぼのタクシー事件最判を引用して上の考え方を述べた上で,次の通り判示しています。
上記に従って本件期間に係る賃金から控除されるべき被上告人の中間利益の金額を算定すると、前記事実関係等によれば、本件期間に係る賃金として上告人が被上告人に支払うべき金額については、次のとおりである。
ア 本件期間1に係る賃金等
(ア) 被上告人に支払われるべきであった就労期間1における本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち、就労期間1における平均賃金の合計額の6割に当たる288万1224円は、そこから控除をすることが禁止され、その全額が被上告人に支払われるべきである。
(イ) 他方、上記の本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち(ア)を超える金額(192万0816円)については、就労期間1に被上告人が他から得ていた合計358万0123円の中間利益を、まずそこから控除することとなるので、支払われるべき金員はない。
(ウ) 就労期間1に被上告人が他から得ていた上記の中間利益のうち(イ)の控除(192万0816円)をしてもなお残っている165万9307円については、これを、被上告人に支払われるべきであった就労期間1における期末手当等の合計額196万8836円から控除すべきである。したがって、上記期末手当等は、合計30万9529円が支払われるべきこととなる。
(エ) 結局、上告人は、被上告人に対し、就労期間1に係る賃金としては、本俸及び特業手当等のうち(ア)の288万1224円と、期末手当等のうち(ウ)の30万9529円との合計額319万0753円を支払うべきこととなる。
(オ) 就労期間1に係る賃金として支払われるべき(エ)の319万0753円と、その余の期間に係る賃金合計124万8530円(本俸及び特業手当等72万0306円と期末手当等52万8224円とを合わせた金額)とを合わせると、443万9283円となる。これが、本件期間1に係る賃金として上告人が支払義務を負う金額である。
このように,同最判も,所定労働日数に触れないまま,本俸及び特業手当等の合計額の60%(480万2040円×60%=288万1224円)は控除が禁止されるものとしており,端的にその期間に得られるであろう収入の60%を「平均賃金額の6割」としています。
以上のとおり,裁判所は,端的に休業手当の額である「平均賃金の100分の60」は,「休業期間中を通じて,休業がなかったとしたら,労働者がその使用者から得られたであろう賃金額の6割」とする趣旨であることを前提にしており,行政解釈の立場とは異なる見解といえます。
~休業補償・傷病手当金との比較~
休業手当と似たような規定をもつものとして,休業補償(労基法76条)があります。
労働基準法76条(休業補償)1項本文
労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
※「前条の規定による療養」は,「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合」の「必要な療養」(労基法75条1項)
労働基準法26条(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
労基法26条は,仕事が休みになってしまったとき,労基法76条は,仕事上のケガや病気で仕事ができなくなったとき(いわゆる労災の業務上災害)の定めです。
いずれも,一定の場合において,使用者に対し,「療養中」及び「休業期間中」に「平均賃金の百分の六十」を支払うよう義務付けたものです。労基法76条の場合,所定労働日数に限らず,所定休日を含め平均賃金の100分の60が支払われることは実務上も争いがありません。
大阪高判平成24年12月13日労判1072号55頁(ライフ事件/アイフル(旧ライフ)事件)は,過重な長時間労働を強いられた結果,業務上の疾病のために休業せざる得なくなったとして,労基法26条に基づく休業手当を請求する点について,
しかしながら、労基法は、業務上の疾病による休業の場合には、労基法76条により、使用者に休業補償を義務付けており、しかも、その支払額も労基法26条の場合と同様に「平均賃金の100分の60」と規定している。このような労基法の規定の仕方からすると、労基法は、業務上の疾病による休業の場合は、労基法76条が適用され、同法26条の適用を想定していないと解するのが相当である。
したがって、本件においては、労基法26条の適用の余地はなく、第1審原告には、休業手当請求権は存せず、第1審原告の休業手当の請求は失当である。
と判示しており(最決平成26年3月11日=上告不受理),労基法26条と76条で支払額が同じことを前提に休業補償(労基法76条)が認められる場合の休業手当(労基法26条)を否定しています。
休業手当の場合は,付加金(労基法114条)の支払いを命じることができる一方,休業補償ではその仕組みがないので休業手当を請求したものと思われますが,これらを同列に論じていることは労基法26条の解釈にヒントになります。
すなわち,労基法26条の休業手当と76条の休業補償は,いずれも就労できない労働者の生活保障を目的としたものであるところ,いずれも「平均賃金の100分の60」としていることは,就労を免れている労働者の生活保障のために,少なくとも「平均賃金の100分の60」が必要であろうという前提に立つものと解釈でき,使用者の責に帰すべき事由による休業の場合と業務上災害の場合とで,生活保障に必要な金額が変わるとは考えられないからです。
労災の場合は,治療費が余計にかかりそうですが,治療費を使用者負担です(労基法75条)。
大阪高判昭和38年2月18日労民集14集1号298頁は,賃金支払仮処分において「その必要性の限度については、労働基準法第26条の趣旨をも汲み、前記認定の各手取平均賃金月額の100分の60を限度とするのを相当とする」と判示して,労基法26条が生活保障の趣旨であることを示し,認容額を「手取平均賃金月額」の6割にしています。
なお,大阪高判昭和38年5月21日労民集14巻3号836頁も同様に6割としていますが,賃金仮払仮処分において平均賃金の6割を限度とすること自体には異議がありますし,現にそれを通例とする運用がされているわけではありません。
このようにみると,労基法の制定時に,あえて労基法26条の休業手当と76条の休業補償で補償額を別にしようとしたとは考えにくいでしょう。
また,健康保険法の傷病手当も,労基法制定時は1日あたり「100分の60」でした(平成18年改正で3分の2に引き上げ。ただし,平均賃金のではなく標準報酬月額平均の30分の1を用いる。)。傷病手当金も,所定労働日に限らず所定休日を含めて支給されます。
労基法制定時の審議過程をみると,労基法26条について次のような質疑がなされており,傷病手当金と休業手当の補償水準は同等という認識が前提になっており,労働者の生活保障のために必要な水準として,普段の収入の6割,という認識があったとみることができます。
第92回帝国議会 貴族院 労働基準法案特別委員会 第2号 昭和22年3月22日
○伯爵東久世通忠君
二十六條の休業手當でありますが、最近聞き及びますと、現行の健康保險法の手當の六割の問題がありますが、あれを政府は近く六割以上に引上をしつつあると云ふことも仄かに聞くのでありますが、若しそれが六割が七割或は八割になると、此の二十六條の休業手當百分の六十も、矢張り併行して上げられるやうになりますかなりませぬか、其の點を伺ひます
○政府委員(吉武惠市君/厚生事務官)
健康保險の方はどう云ふ風になつて居るか、私まだ連絡を受けて居らぬのでございますが、差當りは、百分の六十でこちらは行く積りであります、將來は又別途考へて行かうと思ひます
~まとめ~
休業手当支払義務の範囲について,いちいち所定労働日数を算定して平均賃金額を掛けるような処理を主張する会社側代理人もおらず,これまで明確に休業手当の算定方法が争点になった事件はなかったのではないかと考えますが,裁判所の判断としては,平均賃金の6割×所定労働日数ではなく,端的に従前の賃金の6割を保障する(従前の賃金が平均して月額20万円なら,月額12万円を保障する)という方法(休業補償や労基法制定時の傷病手当と同じ)を当然の前提にしているといえます。
そもそも,労基法26条の休業手当について,法文は「休業期間中」としており,「休業日1日につき平均賃金の100分の60以上」といった書き方はしていません。「休業期間」は,「休業期間」に所定休日が含まれるときは,それも含むと解するのが自然です。
数日だけ休業した場合などであればともかく,週間や月単位など相当期間にわたる休業の場合には,労働者の生活保障を図るという労基法26条の趣旨が徹底される必要があり,従前の収入(所得)の6割を保障するため,労基法12条の平均賃金を所定休日を含めて算定する以上は,「休業期間中」についても,所定休日を含めて算定しなければならないでしょう。